京都観光スポット・あっちこっち
主要な観光スポットやお店にちょっぴり注釈をつけました。
ご観覧と移動の所要時間は、1ケ所、30分〜1時間程度の見込みです。
| 祇園 〜 東山一円 | |
| 岡崎方面 | |
| 洛中 | |
| お食事処・甘味処・お茶処 | |
| 北白川 〜 大原 〜 比叡山 | |
| 洛北 | |
| 衣笠 〜 御室 | |
| 旅の想い出に、作ったり、参加したり・・・ | |
| 太秦 〜 嵐山 | |
| 嵯峨野 〜 高尾 〜 京北 | |
| 洛東 〜 洛南 | |
| 宇治 〜 醍醐 | |
| ぶらり遊覧 | |
| 京都ぶらり文学散歩 |
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| 祇園 〜 東山一円 | |
|---|---|
| 祇 園 | 往時の面影を今に伝える、白川畔は、TVドラマ等でもすっかりお馴染み。 初めての方も何となく懐かしく感じられる、親しみやすいスポット。歌人 で粋人の吉井勇に因む、11月8日は「かにかくに祭」。大勢の舞妓さん、 芸妓さんが、川の畔の歌碑前に参集。界隈は、墨色のベンガラ格子のお茶 屋街で町並みがよく保存されています。京都観光初めの一歩、スタート地 点にされるようお奨めいたします。 |
| 建仁寺 | 臨済宗建仁寺派大本山。源頼家の帰依を受けた栄西が開いた京都初の禅寺 で五山の一つ。栄西が宋から喫茶の風習を移入、茶道誕生のきっかけを創 生。俵屋宗達の代表作・風神雷神図屏風は国宝。五山文学を担った学僧を 輩出したので、京童(きょうわらべ)は「建仁寺の学問面」と評したとか。 |
| 清水寺 | 北法相宗。本堂の舞台は国宝。清少納言や紫式部や和泉式部も通った洛東 随一の古刹で、春の桜、秋の紅葉は必見。 西国三十三ケ所巡り 第16番札所。おみやげ店が立ち並ぶ門前町は一年を通じて観光客で賑やか。 世界遺産 |
| 高台寺 | 秀吉の北の方、ねねが創建した臨済宗建仁寺派尼寺。塔頭(禅寺の子院)圓徳院 の庭園も是非。界隈の、ねねの道、石塀小路、 二年坂、三年(産寧)坂等は、情趣のある女性好みのスポットで、おみやげ品店もいっぱい。 |
| 八坂の塔 | 正しくは、法観寺。応仁の乱を生き抜いた五重塔は東山界隈のシンボル。塔を正面 に見据えた、家並みごしの光景は、思わず、「京都や!」と言いたくなるような、 古都の雰囲気満点。このHPのトップ・ページの画像からご想像してください。 |
| 八坂神社 | 渡来人の八坂氏の氏寺、という説によると平安京以前からの古社。7月の祇園祭の 起源は、災難や異変をもたらすとされていた死者の怨霊を鎮めるための御霊会。 まるで、動く博物館、美術館のような鉾や山は、目を見張るように見事。 |
| 知恩院 | 浄土宗総本山。開山は法然上人。三門は見上げるような壮大な規模。巨大な梵鐘は、 TVやラジオ通じて全国に響き渡ります。ウグイス張りの廊下も愉快です。 |
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| 岡崎方面 | |
|---|---|
| 平安神宮 | 平安京の始祖・桓武天皇を奉祝して遷都千百年目、今から110年ほど前に建立。 四季折々の風趣に富む神苑は国指定の名勝。祭神は、桓武天皇と孝明天皇。 |
| 南禅寺 | 臨済宗南禅寺派総本山で、寺格は五山の上。藤堂高虎寄進の壮大な三門(山門)の 上から、「絶景かな!」と呼ばわったということですが、全くのフィクションとのこと。 古代ローマ帝国の遺跡を連想させる琵琶湖疏水の水路閣(疎水閣)は禅寺と絶妙の組み合わせ。 武家の信仰が篤かったので、京童は、「南禅寺の武家面」と評したとか。 |
| 永観堂 | 浄土宗西山禅林寺派本山。本尊が見返り弥陀。紅葉の頃の境内は界隈随一。 |
| 銀閣寺 | 臨済宗相国寺派禅寺。 自身の政治力の欠如が主因となった応仁の乱で壊滅状態の洛内外の惨状にほとんど 関心を寄せず、ひたすら東山殿の造営に没頭した8代将軍義政の遺業。バイエルン王、 フリードリッヒ2世が国政を省みることなく、国家財政が傾くほど名城・ ノイシュヴァンシュタイン城に精魂を注いだことと好一対。 世界遺産 |
| 哲学の道 | 銀閣寺の辺りから若王子神社 の辺りまでの疎水べりの小径。かつて京大哲学科の教授達が、時には学生を引き連れて散策したとのこと。 桜の頃が一番の賑わい。 |
| 金戒光明寺 | 法然上人の庵が起こり。通称、黒谷さん。幕末、火中の栗を拾うような覚悟で幕府を 死守するために会津藩兵を率いて、松平容保が京都守護職として拠った駐屯所。 |
| 真如堂 | 正しくは真正極楽寺。天台宗。11月中旬過ぎ、山内の紅葉は燃えるように見事。 ああ真如堂(しんど)、メシ黒谷(くいたい)、と京童は、言ったとか。 |
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| 洛中 | |
|---|---|
| 二条城 | 家康上洛時の宿舎。家光の後、幕末まで将軍の上洛はなく、1867年最後の将軍慶 喜が諸大名を招集し、大広間で大政奉還を宣言。天守閣や本丸御殿は、江戸時代中 頃、落雷や火災で焼失。襖絵や庭石は草創期の幕府の権力を象徴。世界遺産 |
| 神泉苑 | 平安京遷都当時の唯一の遺構で、当初は二条城の敷地を含む広大な規模とのこと。 |
| 西陣織会館 | 西陣織の総合展示場。実演観覧、実技体験、きものショー、展示販売等々。 |
| 北野天満宮 | 宇多天皇に重用された菅原道真は、政権を握る藤原氏一族によって大宰府に左遷 され、かの地で憤死。没後、その霊を慰めるために社殿を建立。秀頼寄進の本殿は国宝。 学問の神様として今も参詣客が絶えない。毎月25日は、「天神さん」の縁日。 |
| 本能寺 | 法華宗本門流本山。信長が光秀に襲われたのは、堀川高校のある辺りで、今も町名 にその名残りを留めています。秀吉の区画整理の一環で現在地に移転。 |
| 西本願寺 | 浄土真宗本願寺派。親鸞の没後、末娘の覚信尼が東山大谷に一宇を結んだのが起 こり。その後、山科、大坂、紀州、和泉、越前を転々とし、秀吉によって、現在地に定着。 末寺の数、1万以上。龍大、京女等を併設。三層の飛雲閣は聚楽第、唐門と書院は伏見城 からの移築とのことで、いずれも国宝。境内の観覧は自由。世界遺産 |
| 東本願寺 | 真宗大谷派。家康の戦略的判断で本願寺を二分したことが起源。末寺の数は、1万以上。 御影堂は、東大寺の大仏殿と比肩する、世界最大級の木造建築物で、927畳の大広間の 正面に親鸞聖人の木造が安置。建立の際に用いたという毛綱は、信仰の強さを象徴。 飛び地の渉成園(枳殻邸)は、 石川丈山の手による回遊式名園。 |
| 島 原 | 江戸開幕の直前、1589年に官許された公認第1号の郭。旧揚屋の角屋、旧置屋の 輪違屋、大門が往時を偲ばせます。4月第3日曜日鷹峯の常照寺で太夫道中開催。 |
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| お食事処・甘味処・お茶処 | |
|---|---|
| 平野屋 | 主たるメニューが、エビ芋と棒ダラの煮付けで、名付けて、いもぼう。 何の変哲もない料理一筋、創業三百年の老舗。ホレ、郷に入れば郷に、 とか言いますやろ。京都人が、ご馳走や、と伝えてきた味を、この際、試しにいかが? |
| 奥 丹 | 禅宗とともに普及したような豆腐は京料理に不可欠の食材。お庭の見える座敷で戴く 豆腐料理は、言うなれば、ありふれた小道具を使った最高のマジックを見るような、 摩訶不思議な思いを抱かせてくれる、思うよ。 |
| 順 正 | 閑静な佇まいの中で戴く湯豆腐は、京都に来たんや!と思わせてくれるんです。 テイクアウトは、やめておくれやす。ここで食べるよって、うまいんです。 |
| おめん | 創業者が上州出身、だから、おめん、とのこと。そばの食べ方に一工夫も二工夫も。 |
| 京料理えのき | ホッと、くつろげる敷居の低〜い町家風のお店。ご主人や女将や若い板さん達と四方山話を しながら、京料理を賞味されたら、京都に来てよかった、また来よう、と喜んでもらえる思うてます。 |
| 芹 生 | 大原三千院門前の料理旅館。きれいなお庭を見ながら、季節感を大事にしやはる 板さん達の心意気が感じられるご馳走を戴けるやなんて、ホンマに極楽の境地。 |
| 茶寮都路里 | 寒い日も暑い日も、いつも行列。わたしなんかは、異星人を見る思いで、 いつもお店の前を車で通過。甘いモン好きの方は、まあ、いっぺん行ってみはったら。 |
| 鍵善良房 | 言わずと知れた祇園の名物、くずきり。凝りに凝った黒砂糖の絶妙の味に、 往年の文人、通人、粋人も絶賛。京都を代表する味覚の一つ。 |
| 白雲庵 | 隠元禅師がもたらした普茶料理は、別名・黄檗料理とも。古来、禅僧は到って壮健、 かつ、長寿。あの一休さん、何と、80歳を過ぎても、女性を侍らせてたとか・・・。 野菜づくめで、煮たり蒸したり揚げたりの超ヘルシー・メニューを存分にご賞味あれ。 |
| 対鳳庵 | 平等院の脇、宇治川畔の茶室。心得のおありの方には、相応のお接待、 不慣れの方には上品なお師匠はんが懇切丁寧に作法のイロハを教えてくれはります。 正座から立ち上がる時、ひっくり返る若者が多いとか。それもまた旅の想い出。立席も完備。 茶の湯は日本を代表する文化の一つ。文字通り、一期一会のお茶はいかが? |
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| 北白川 〜 大原 〜 比叡山 | |
|---|---|
| 詩仙堂 | 曹洞宗。譜代家臣であったが、大阪夏の陣の早駈けのことで家康の勘気を蒙り、 江戸を去った石川丈山が創建した庵が起こり。庭園は当時の様子を今に伝えるとされる 名園。添水(そうず、別名、しし脅し、とも)の音が、さわやかに響きます。 |
| 曼殊院 | 天台宗の門跡(門跡は皇族・公家が住持を勤めた寺)。庭園は国の名勝。 古今和歌集の写本(国宝)の他、重文多数。書や古文書に興味のある方にお奨めします。 |
| 三千院 | 妙法院、青蓮院と並ぶ天台宗の三門跡の一つ。本堂(往生極楽院)は平安末期建立。 庭園は、江戸時代初期の作庭の様子を今に伝えるとされています。 |
| 寂光院 | 平清盛の女(むすめ)で高倉天皇の中宮、徳子(建礼門院)は、わが子(安徳天皇) 初め、平家一門を壇ノ浦でなくしたが、源氏方に助けられて、京都に連れ戻され、 長楽寺で落飾した後、 隠棲した天台宗の尼寺。その余生の侘しさが偲ばれます。 |
| 延暦寺 | 平安京遷都の少し前、788年最澄が開いた天台宗総本山。1571年織田信長によっ て全山消失。しかし、根本中堂(本堂)の法灯は開山以来途絶えていない、という、 そのワケは?鎌倉仏教と言われる仏教各宗派の開祖の大半が比叡山の「卒業生」と のこと。世界遺産 |
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| 洛北 | |
|---|---|
| 鞍馬寺 | 源氏物語(若紫)や義経伝説の舞台としても知られる平安京以前からの古刹。 鞍馬弘教総本山。境を接する由岐神社の火祭は(10月22日)は勇壮。 |
| 貴船神社 | 木生根が語源とか。鴨川の支流の一つで、古くから水の神。川床料理は夏の風物。 |
| 上賀茂神社・ 下鴨神社 |
平安京以前からの古社で、遷都以降、行幸は歴代天皇の恒例行事。5月の葵祭は 荘厳華麗。王朝時代、祭と言えば、葵祭を指した由。「かぜそよぐ ならのおがわの」 と藤原家隆が詠んだのは、上賀茂神社境内の楢小川畔の夏の情景。 世界遺産 |
| 大徳寺 | 応仁の乱後、トンチ話で有名な一休さんが再興した臨済宗大徳寺派総本山。 利休が寄進した三門の2階に安置した自身の木造に草履を履かせたが、 足下を通れとのことか、と秀吉の勘気を蒙り切腹を強いられたとのこと。 山内の往来は自由ですが、拝観は、全20余りの塔頭の大半が謝絶。高桐院、 大仙院、龍源院等は常時可能。いずれも庭園が非常にきれいです。利休以降、 茶の湯との縁が濃く、ほとんどの塔頭に茶室が設けられていることから、 京童は、「大徳寺の茶面」と揶揄したとか。 |
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| 衣笠 〜 御室 | |
|---|---|
| 金閣寺 | 足利義満の別荘・北山殿が、没後、その法号から鹿苑寺と命名された禅寺。臨済宗相国寺 派。鏡湖池畔の舎利殿・金閣は、1950年に修行僧の放火で消失、その後復元。 当寺と銀閣寺は、江戸時代中頃から入山料を徴収した「観光スポット」であったとのこと。 世界遺産 |
| 竜安寺 | 細川勝元が創建した臨済宗妙心寺派境外塔頭。石庭、と言えば、 当寺の枯山水を指すほど世界的に有名。かのエリザベス女王も、 「ワカリマセン・・・。」と首を傾げた由。 世界遺産 |
| 等持院 | 足利尊氏創建の禅寺で臨済宗天龍寺派。霊光殿に足利歴代将軍の木造を安置。 作家の水上勉が修行に堪えかねて、相国寺塔頭・瑞春院から「脱走」して、 この寺に転がり込んだ頃の見聞は、出世作「雁の寺」の下地になった由。 文庫本「私版京都図絵」にも詳述。 |
| 仁和寺 | 宇多天皇が創建し、譲位後、隠棲した門跡の嚆矢ともいうべき、真言宗御室派総本山。 御室(おむろ)は、上皇のお住まいに因んだ呼称。御所の清涼殿を移築した金堂(本堂) は国宝。低木で遅咲きの八重桜が山内を彩る頃、当寺の賑わいは最高。 世界遺産 |
| 妙心寺 | 花園上皇の元離宮。臨済宗妙心寺派大本山で末寺約3500寺。梵鐘は国宝。 40を超える塔頭の中、退蔵院(瓢鮎図は国宝)、桂春院(庭園は国の名勝)等は公開。 |
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| 旅の想い出に、作ったり、参加したり・・・ | ||
|---|---|---|
| 業界トップクラスの老舗ばかりです。 | ||
| 京友禅 | 古代友禅苑 | 友禅はんが始めはったから、友禅、とか・・・ |
| 京鹿の子絞り | 京都絞り工芸館 | 華麗、の一言あるのみ |
ローケツ染め |
やまもと | 京都観光の記念に手描きの一品を・・・ |
| 京扇子 | 舞扇堂 | 動くアクセサリー |
| 聞香 | 薫玉堂 | お香は、聞くんですって・・・ |
| 清水焼 | 谷口清雅堂 | 仁清はんに挑戦! |
| 京念珠 | 今井半念珠店 | 手首のアクセサリーに |
| 京象嵌 | アミタ本店 | 伝統の至芸に、この際・・・ |
| 舞妓変身 | ぎおん 彩(あや) | 年齢制限ナシ!! |
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| 太秦 〜 嵐山 | |
|---|---|
| 広隆寺 | 渡来人・秦氏の創建、聖徳太子の時代の古刹。真言宗御室派。百済より献上された飛鳥仏 の傑作、木造弥勒菩薩を初め、国宝、重文級の仏像がいっぱい。映画村は当寺の北側。 |
| 嵐 山 | 平安京遷都以来、都人の遊興地、別荘地。年中、観光客が絶えない京都随一の景勝地。 保津川下りの終点でもある渡月橋ごしの山や川の光景は正に絶景。 |
| 天龍寺 | 室町幕府を開いた足利尊氏が後醍醐天皇の冥福を願って創建した臨済宗天龍寺派大本山。 京都五山の第一位。山を借景した庭園は、開山の夢窓国師の作庭で国の名勝。世界遺産 |
| 野 宮 | ののみやは、源氏物語・賢木の舞台にもなっていますが、伊勢神宮に仕える斎宮に選ばれ た皇女が身を清めるため庵を結んで籠もった静謐清浄の地。日差しの疎らな竹薮は、 歩くのが一番。ドンつきが、かつての時代劇の俳優・大河内傳次郎の山荘で桜の頃が賑やか。 |
| 常寂光寺 | 日蓮宗の尼寺。美しい塔婆(多宝塔)は重文。桜も紅葉も見事。静かな佇まいが魅力。 |
| 二尊院 | 寺名の由来は、釈迦と阿弥陀の二体の本尊。天台宗。界隈は、王朝時代から鎌倉にかけて 貴族が好んで山荘を設けた地で、小倉百人一首の選定者とされる藤原定家の別荘もこの 辺りにあったのではないでしょうか。 |
| 祇王寺 | 白拍子の妓王が若い佛御前に清盛の寵愛を奪われ失意の余り、母とぢ妹妓女共々出家し たという平家物語の話が起源。その隣が滝口寺で、平家物語の滝口入道と横笛の悲恋に 纏わる話が起源。いずれもフィクションであろう、と思いつつも、哀れを誘われます。 |
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| 嵯峨野 〜 高尾 〜 京北 | |
|---|---|
| 大覚寺 | 嵯峨天皇の離宮跡で真言宗大覚寺派大本山。大覚寺統(南朝)の門跡。華道嵯峨流の宗 家。時代劇のロケ地の代表格。山内の大沢池畔の枯れた滝に纏わる、藤原公任の短歌、 「たきのおとはたへてひさしく・・・」は百人一首でお馴染み。 |
| 清涼寺 | 浄土宗。源融の別荘跡で、通称・嵯峨釈迦堂。平安中期、入宋僧、ちゃう然が将来した木造 釈迦如来立像と胎蔵品である五臓六腑は国宝。山内の「ちくりん」は、お手軽なお食事処。 |
| 神護寺 | 高野山真言宗の古刹。源頼朝、後白河法皇の外護を得て、文覚上人が再興。伽藍に行き 着くまでの石段が、ちょっとキツイですが、それが逆に魅力でもあるようです。 世界遺産 |
| 高山寺 | 真言宗(単立)。鳥獣人物戯画(四巻)は国宝。 世界遺産 |
| 常照皇寺 | 北朝初代の光厳天皇が譲位後隠棲した寺院。九重桜(九重は、御所のこと)が見事。 |
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| 洛東 〜 洛南 | |
|---|---|
| 三十三間堂 | 天台宗三門跡の一つ、妙法院の境外塔頭で正しくは蓮華王院。清盛が創建、頼朝が再建、 その後再々建。南北に約120mの本堂、木造千手観音座像、木造風神雷神像等は国宝。 通し矢の記録は、 紀州の若武者、和佐大八郎の8133本。記録を競い合い、尾張藩との遺恨試合でもあったようです。七条を挟んだ向かいが、 国立京都博物館。 |
| 方広寺 | 豊臣秀頼が梵鐘の周りに刻んだ、国家安康、君臣豊楽、の文字が、家康という名を分断し ている、と難ぐせをつけられ、冬の陣、夏の陣に及んだ、とのこと。その後、伽藍は消失。 遺構の石垣の大きさに秀吉の権力を偲ぶことができます。梵鐘の観覧は自由。 |
| 智積院 | 真言宗智山派総本山。末寺は、成田山、川崎大師等、約3000。秀吉に焼き討ちにされた 紀州の根来寺の子院であったが、徳川家から現在の寺地を得て再建。長谷川等伯と子息の 久蔵の作とされる、「桜楓図」等の障壁画や屏風は国宝。庭園も見処。 |
| 泉涌寺 | 真言宗泉涌寺派総本山。平安初期、空海が庵を結んだのが起こり。 四条天皇以降、歴代天皇家の陵が多く、御寺(みてら)とも呼ばれる。 大門脇の観音堂の楊貴妃像は宋からの将来仏。子院の観音寺(今熊野観音)は、 西国三十三ケ所巡り第15番札所。 |
| 東福寺 | 臨済宗東福寺派大本山。京都五山の一つ。鎌倉初期、九条道家が創建。寺名は、 東大寺と興福寺に由来。塔頭数・25。三門は国宝。通天橋からの紅葉は必見。 |
| 伏見稲荷大社 | 平安京以前、渡来人の秦氏が創始。商売、開運、学芸の守護神で、 初詣の人出は関西有数であり、初午も相当な賑わい。稲荷山の山頂に到る朱塗りの鳥居、 千本鳥居は、願をかけたり、霊験を得た人達に寄進されたもの。門前の名物の一つが、雀の焼きとり。 |
| 東 寺 | 真言宗。正しくは教王護国寺。平安京草創期、桓武天皇が創建し、空海に下賜。 秀頼寄進の金堂、家光寄進の五重塔は、いずれも国宝。所蔵品は国宝級密教美術の 一大宝庫。現在の種智院大学は、空海が始めた綜芸種智院を起源とする日本最古の大学。 毎月21日は「弘法さん」と呼ばれる縁日。世界遺産。 |
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| 宇治 〜 醍醐 | |
|---|---|
| 平等院 | 単立寺院。左大臣源融の別荘跡に藤原道長が山荘を造営、その没後、息の頼長が 寺院として開山。10円硬貨で知られている阿弥陀堂(鳳凰堂)や内部に安置されている 木造阿弥陀如来像は創建当初のもので国宝。そのほかにも国宝、重文多数。世界遺産。 源氏物語・宇治十帖では夕霧の山荘とされているように、界隈は、王朝時代、貴人の 別荘地であったようです。源氏物語ミュージアムもついでにいかが。 |
| 宇治上神社 | 11世紀中葉造営で、神社建築としては我が国最古の遺構である本殿と鎌倉時代造営の 拝殿は、ともに国宝。世界遺産 |
| 興聖寺 | 我が国の曹洞宗の開祖・道元が、鎌倉初期、深草に創建した道場を起源とする古刹。 関西一円の曹洞宗の拠点。宇治川べりから伽藍に到る長い参道は、春秋ともに趣があります。 |
| 萬福寺 | 江戸時代初期、明僧・隠元禅師が開いた黄檗宗大本山。伽藍の配置や様式は明代の方式 を踏襲し、山内は異国の雰囲気が漂っています。門前の白雲庵で普茶料理が味わえます。 |
| 醍醐寺 | 平安時代初期創建の真言宗醍醐派総本山。秀吉が諸侯を率いて催した醍醐の花見の 宴は有名。10世紀中葉の五重塔は京都に現存する最古の木造建築で国宝。 他にも10万点を超す国宝、重文。塔頭の三宝院は、醍醐寺の本坊的存在で、 その唐門は国宝であり、庭園は、秀吉自ら案を練ったとされています。世界遺産 |
| 随心院 | 真言宗善通寺派大本山。別称、小野門跡。小町ゆかりの寺と伝えられ、 深草少将に纏わる「百夜通い」、「通い小町」の伝承は、今に伝えられています。 |
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| ぶらり遊覧 | |
|---|---|
| 東映太秦映画村 | 時代劇のオープン・セットは、TVドラマやCMで今もお茶の間で目にされています。 |
| トロッコ | 正しくは、嵯峨野観光鉄道。旧山陰線を使い、トロッコ嵯峨駅 〜 トロッコ亀岡駅を 23〜4分で結びます。囲いがないので、年の暮れから2月末まで休業。 |
| 保津川下り | 山陰線亀岡駅近くの保津川岸辺から渡月橋まで、約16km、2時間ほどの船旅。 江戸時代草創期、角倉了以が丹波地方の産物を京に運ぶために開削した産業水路。 急流にさしかかると多少は水しぶきが飛んでくるかも・・・。冬季は暖房が施されています。 |
| 比叡山縦断 | 延暦寺に到る比叡の脊梁を貫くドライブ・ウエイから遥かに見下ろす琵琶湖の遠景が、 低空の遊覧飛行の気分で俯瞰できます。 |
| 琵琶湖畔周遊 | 穏やかな湖水を見ながらのドライブは爽快。気が向けば、浮御堂、三井寺、石山寺へ足を延ばすの、また一興。しばし、命の洗濯、仕事も家事も都会の 喧騒もお忘れください。 |
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京都ぶらり文学散歩活字の世界に没頭した頃のことを思い出しながら |
|---|
| ちょくなればいともかしこし | 相国寺・林光院 | 紀内侍 |
|---|---|---|
| をぐらやまみねのもみぢば | 嵐山界隈 | 貞信公 |
| やへむぐらしげれるやどの | 渉成園 | 恵慶法師 |
| たきのおとはたえてひさしく | 大覚寺 | 藤原公任 |
| いにしへのならのみやこの | 京都御所 | 伊勢大輔 |
| あさぼらけうぢのかわぎり | 宇治川 | 藤原定頼 |
| おほけなくうきよのたみに | 比叡山延暦寺 | 慈円 |
| かぜそよぐならのおがわの | 上賀茂神社 | 藤原家隆 |
| ねがはくははなのしたにて | 雙林寺 | 西行 |
| 清水へ祇園をよぎる | 清水寺 | 与謝野晶子 |
| かにかくに祇園はこひし | 祇園辰巳稲荷界隈 | 吉井勇 |
| 島原の角屋の塵は | 島原・角屋 | 吉井勇 |
| 源氏物語 | 石山寺 | 紫式部 |
| 源氏物語 賢木 | 野宮神社 | 紫式部 |
| 同上 宇治十帖 | 宇治 | 紫式部 |
| 源義経 | 鞍馬寺 | 義経記 |
| 義経・弁慶 | 清水坂界隈 | 義経記 |
| 妓王・妓女・仏御前 | 祇王寺 | 平家物語 |
| 小督局 | 渡月橋界隈 | 平家物語 |
| 建礼門院 | 長樂寺 | 平家物語 |
| 建礼門院 | 寂光院 | 平家物語 |
| 小倉百人一首 | 小倉・厭離庵 | 藤原定家 |
| 徒然草 | 双ケ丘 | 吉田兼好 |
| 高瀬舟 | 高瀬川 | 森鴎外 |
| 藤十郎の恋 | 四条河原界隈 | 菊池寛 |
| 羅生門 | 羅城門跡 | 芥川龍之介 |
| 雁の寺 | 相国寺・瑞春院 | 水上勉 |
| 金閣炎上 | 金閣寺 | 水上勉 |
| 竜馬が行く | 寺田屋 | 司馬遼太郎 |
| 公事宿事件書留帳 | 二条城界隈 | 澤田ふじ子 |
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